踏切が落ちる。電車が通る。
君と俺は遮られる。
[踏切で遮られた恋]
別れを告げた。
いや、一方的に手紙を残しただけ。
「別れよう。元気でな」
これだけ見たら、君が怒って追いかけるのも分かるよ。俺だってされたら追いかけ、問いただすしね。
だけど分かって欲しい。これは君のためなんだって。
将来有望な君と、ただのミュージシャンな俺。君に縋ってしまうのは必至で。
だから君を解放してあげることにしたんだ。これまで築き上げてきた『冷たい俺』はそのためなんだ。
君は一生知らないままだけどね。
でも本当は今でも好きだ。
振り返って君の元まで駆け寄って、「やっぱり別れるなんて無理」だと叫びたい。
君の声が聞き足りないんだ、本来ならもっと一緒に居てもいいはずなんだ。
同じ部屋で二人、同じ景色を見て、体温を共有して。笑いあって喧嘩して仲直りして。
普通のカップルだったはずなんだ。
けれど『冷たい俺』は最後まで冷たく君の腕を払う。君の流した涙を掬うなんてとんでもない。
「面倒くさいな……」
そういう表情で君を見下ろす。
今までわざと君の前で別の女とキスしたこともあったっけ。君の泣きそうな(でも君は泣かなかった)顔を見て、罪悪感でいっぱいになった。
早く俺に愛想を尽かして、別れを切り出して。最低な男として、思い出を風化させて。そう思いながら『冷たい俺』を演じてたのに。
君は一向に別れる素振りを見せないんだ。健気にも。
半年も俺は君を傷つけることになってしまった。俺はこれ以上耐えられなかったんだ。
油断をすれば君を抱きしめて、「愛してる」と言ってしまいそうになるから。
君は、俺が抱く夜の(俺の唯一の本音の)「愛してる」に期待して、きっとこれから先も我慢するんだろう。
君が壊れてしまう前に、俺が。
大丈夫、もう君の未来に陰りはない。
俺が君の父親に「別れてくれ」と迫られる必要もない。
全てはめでたしで終わるんだ。
だけど涙が溢れてくる。君が追いかけてきているから振り返りはしないけど。
この道ももう通らない道。この目にしっかり焼き付けておく。
俺は君と居た記憶を大切にして生きていくから。君との以上の恋なんて出来ないと思うけどね。
だから君は、俺との思い出を振り返ることなく先に進んでくれ。そして君に相応しい人と笑いあうんだ。
「待って!」
何度も叫ばなくても聞こえているよ。でも俺はその声を無視する。愛しい声が俺の名前を呼んでも。
「どうして」
小さく呟いた声だってちゃんと届いてる。ざわついた世界の音に似つかわしくない、綺麗な音だから。
あと少しで踏切。この距離だから、君が追いつく前に閉まるだろう。
それでいいんだ。
「まっ…
俺は振り返った。だけど銀とオレンジの柄の車体しか視界に入らなかった。
君の姿と馴染んだ景色は見えなかった。
踏切が落ちる。電車が通る。
君と俺は遮られる。
そして俺は先に進む。
(電車が行って踏切が上がった時にはもう、君には俺の姿が見えていない)