2008年、12月11日、九段下の日本武道館。入り後のムードは至って去年と同じようにまずまずの緊張を纏っている。スタッフさんは忙しなく働き、楽器隊はチューニングや音出し、アザミは音響の最終確認と声出し、俺はステージ上の最終確認と声出し。 「今回のラストライブ、よろしくお願いします。」 スタッフの一人の掛け声に、居る人全員で返事する。最後のリハだ。 「じゃあ1ブロックの出だしの入り方、お願いします。」 オープニングSEから始まり、入りを確認するとすぐさま別の曲へ。何曲かやったあと、俺は切り出した。 「最後の曲、いいですか?」 あまり練習するの嫌だなー、と言っていたアザミの意思に反するが、失敗出来ない曲だ。心配があった。 アザミの奏でるアコギ一本の音が、会場に広がる。それにエレキやベース、ドラム、シンセの音が重なった時、不覚にも泣きそうになった。 (これじゃあ、お客さんがいる本番じゃ号泣かな。) 皆の音に俺の声を乗せる。これなら大丈夫だと、直感的に判断する。 「本番かと思った!」 終わった後のマネージャーの第一声がこれ。それだけ心が籠もっていたんだろう。なんせ拍手までされるくらいだから。 休憩に入り、アザミと二人で外を見ようとした。物販のための長蛇の列は、本当に蛇のように門の外まで伸びている。 「今17時だから、あと1時間だ。」 「上がってきた、」 「テンションが。」 その場でぴょんぴょん跳ねるのは俺たちの癖だ。(彼は俺に影響されたのがきっかけだが。)緊張したりテンションが上がると跳ねたくなる。 その時ライターさんが来た。 「また跳んでますね。」 「書きます?」 「勿論。」 彼はFCの会報のライターだ。他にもDVD用のカメラマンやら、雑誌のライターやらが来ている。 「上がってきた?今日のコンディションはどう?」 「かなり良いです。そわそわしてあんまり眠れなかったんですけど、耳も全く支障無いんで。」 「俺も良いです。眠れないってまたアザミに電話しちゃいましたよ。」 メイクを終えて衣装を着た俺たちを、楽屋の中ではDVD用のカメラで撮っている。 「今日の格好見て見て!」とアザミがくるりと回る。周りのスタッフさんはその無邪気さに笑う。あんなん、無理してんのバレバレなのに。 「この長ーいスカーフが尻尾みたいにフワフワして可愛いんですよ。」 サルエルの所為か、ポップな格好だ。しかし背の高いアザミはサルエルでも足が長く見える。 「ねえ、何で俺はショートパンツなの?がっつりインディーズのヴィジュアル系じゃん。」 「「初心に戻るため!」」 スタッフとアザミが口を揃えて言う。 「確かに昔はこんな格好してたけど……今になって。」 「似合ってるから大丈夫。」 笑いながら言われても凹むだけなんだよね。アットホームなこの空間も、最後だと思うて寂しかった。 「開演五分前でーす。」 袖に皆で集まると、円陣を組む。 「ラスト成功させるぞ!」 「「おう!」」 ハイタッチでドラムからステージに上がる。俺たちは二人同時だ。オープニングSEが盛り上がりを見せる時、袖から出ていく。ファンの歓声が一際大きくなった。 パッとSEと照明が落ち、一曲目が始まる。一曲目は落ち着いた曲、二曲目は弾けるポップ。見える範囲のファンは楽しそうな表情でノッていた。 「元気だったか?会いたかったか?」 イエーイ!と会場は盛り上がる。 「記憶に焼き付けて帰れよ!」 それは俺たちも同じ。俺もこの景色を忘れないように、一曲一曲を歌い上げた。 「ラストいけるかー?」 本編ラストはエール系の歌。夢についての曲、〈きっと気付いたんだ 予感がほら くすぶってて 今 悩んでおけば これからは大丈夫だって〉アザミの精一杯の強がり。改めて聞けば重く感じる。これからは大丈夫、それは誰に言い聞かせているの? 「ありがとう!」 そう叫んでから捌ける。汗を拭き、メイク直しをする。 「本編ラストだけで泣けるな。」 隣にいるアザミに声をかける。 「ラストは号泣か、マツリ?」 「かもな。」 大勢のアンコールの中、再び登場する。アンコールは全5曲、シークレットのWアンコが1曲。 「沢山のアンコールありがとう。これからアンコールもついて行けるか!」 会場のボルテージは最高、俺とアザミはイントロが鳴ると同時に弾かれたように花道を駆けた。 瞬く間に過ぎる時間。最後の足掻きのアンコールも終わりに近づく。とうとう最後のMCになってしまった。真ん中に二人で立つ。客席は静まり返り、じっと俺たちの言葉を待っていた。 「今日はありがとう。ちゃんとやれたね。最高のライブでした。本当はもっと高くて遠いところに連れて行ってあげたかった。東京ドームとかでやりたかった。でも、もうそれも出来ません。」 啜り泣く人、耐え堪えてこちらを見る人がいる。 「おれの病気の所為で、皆の夢や楽しみを潰してしまうことはとても心苦しいです。おれももっと皆と一緒に歌っていたかった。それでもここまで来れたのはバッグで弾いてくれている三人と、おれの大切なパートナーのマツリのおかげです!」 わって湧くような拍手に、思わず涙が滲んだ。 「そして、支えてくれたファンのおかげです。」 大人しめな拍手に、同じように涙が滲んだアザミが口を噤む。 一息置いて、決心したかのように最後言葉を口にした。 「聴いて下さい、――。」 歌い上げると、薄い緞帳が下りてくる。告知のためだ。ベストアルバム、ライブDVDの発売。 そして、俺たちの意思。 『ライブは最後だけれど、出来なくなるまでやり続けます。最後まで応援よろしくお願いします。だから……』 「――お前ら黙ってついて来い!」 俺が叫ぶのを合図に、幕が上がって曲が始まる。アザミの弾くギターの音に会場は一瞬ざわつくが、直ぐに必死で聴く体勢になる。ライブ最後の曲がやってきてしまった。 会場の一体感と皆の気持ちに息を飲む。 シンセ、ドラム、ベース、エレキが重なり、後ろのスクリーンは花や月などの景色を見せる。名の無い歌だが、入れ込んだ気持ちは他の曲より大きい。新曲だから、とスクリーンに歌詞も浮かべばそれを見て泣く人が多くなった。 アザミの思いを受け取って下さい。 最後のロングトーンを、アコギが優しく支える。数音のアルペジオとコードを弾いて、曲とラストライブは終わりを告げた。 「本当に今までありがとうございました。この曲は名の無い歌です。この日のために書きました。この曲には敢えて名前は付けません。」 しんと静まっている会場に、アザミの声が響く。動くことすら憚れるくらいの静けさだ。 「皆さんと共におれが、おれたちが居たという証拠にして下さい。」 ハイ、という声が聞こえる。そこでアザミはくるっ、とこちらを見た。 「マツリ、今までありがとうな。お前とやれて楽しかった。」 近づいてきてハグされる。俺も抱き締め返した。 「俺こそありがとう。」 それから楽器隊、俺たちで手を繋ぐ。 「3、2、1……ジャンプ!」 イエーイ!と会場の皆でジャンプし、ライブは幕を下ろした。
その後も、俺たちは活動を続けた。シングルだけでなく、アルバムも出せた。 だけどやっぱり、終わりは避けられなかった。 アザミはラストライブの半年後に、聴力をほとんど失った。腫瘍の摘出手術は成功したが、聴力が治る見込みはもうないらしい。だけど彼は、健気にも気丈に振る舞っている。だから俺はあることを決意した。 俺や楽器隊は、アザミが歌えなくなった時点で解散しようと思っていた。けど、俺は皆を集めて言った。 「アザミは居ないけど、あいつのために俺たちだけでバンド活動続けないか。」 「俺たちもそれ考えてた。やろう。」 彼らがそう言ってくれたおかげで、俺たちはこのままやり続けることになった。アザミを、聞こえなくてもライブに呼んだ。ステージパフォーマンスだけでも感動させ、楽しませたかった。その度「大きくなったね」って言ってくれる。 俺の歌声、聞いて欲しかったな。またギター弾いて欲しかったな。聞こえなくても、ここまで来た俺たちを見ていて欲しいと思った。 夢の東京ドームで、俺は思い切り叫んだ。隣に立っている、彼に。 「おいアザミ、見えてるか?この景色綺麗だろ、やっと俺たち来たんだぜ?」 「見えてるよマツリ。ありがとう。」 久々に聞いた声は相も変わらず柔らかくて優しくて、そして嬉しそうな表情は酷く目に焼き付いて離れなかった。
今、アザミはギターを背負って次の舞台(ステージ)へ、俺たちと共に。
Fin.
手を伸ばした夢から 徐々に遠くなってく 余計な情を抱えて 今じゃそれが重荷で
言葉は 空を舞った
名も無い日々を重ね続けて どれだけ夢に焦がれればいい? 気休めの台詞でも良いと思う 君にかかれば、魔法
冬の匂いが導く 白く染まったあの場所 振り返っても今更 景色は見れないんだ
今から どこに行こうか
名も無い日々に問いを重ねた どうして僕は立ち止まってる? 声上げ酷く歌い上げるなら 終わりはないのかも
ここからがきっと 君のスタート 僕は歌うから 遠くへ行こう
名も無い日々を飾り続けて どこかで君を見つけられるか? 合図はこの歌 口ずさんで欲しい そうすればね……
名も無い日々を重ね続けて どれだけ夢に焦がれればいい? 気休めの台詞でも良いと思う 君にかかれば、魔法
作詞:アザミ ※『名も無い歌』作詞:佐伯 彩瑠 ※細かいところは不正確です、ご了承下さい。 ※最後、ドームでアザミはテロップを見ていました。 ※聞こえなくても、振動で音が分かります。 |