黒猫の前世の記憶は放浪と夢

光を遮る為の布切れも
私の安眠を妨げる為か、
安心の一筋を射れる為か、
一向に役目を果たしてくれない。

88パーセント引きの布切れも、
桁数の間違えたバターナイフも、
近づく事すら畏れ多い教会だって、
この部屋で回想する遊戯に出てくるわ。

光に照らされた部屋の中で
触れることを躊躇うような楽器たちが
その姿を晒してまで、
大丈夫だと見えない音を奏でてる。



迷い込んだ入れない筈の館で、
只の空想の世界の部屋の一つ一つを
覗いて歩く私にそっと手を差し出すのは
白い手袋の……どちら様?

色とりどりの花、
私は一輪の花だけしか持ってないのに
其処には大量の花束が添えられていて、
此処は天国かしら なんて。


つまらない毎日に少しスパイスを。
見つけた裏通りを黒猫のように
するりとすり抜け歩いていく、
「楽しい場所」だけが行き先の条件ね。

此処には居たくないわ、
世界中を旅するの。
一カ所に留まるなんて
育ち盛りの黒猫の私には辛過ぎる。

硝子張りのビルに映った曇り空、
所々の青空が無性にどうしてだか
私の心を捉えて離さなくて、
ずっと見ていたらぼーっとしてたみたいなの。

木々の花も空の表情すら
私には手が届かなくて、
カメラのシャッターは切れなかった。
でも心のフィルムには収めたのよ。

だから自由に思い描くの。
こうして黒猫になった今も未だ
こうした記憶だけは忘れてないもの。
他の記憶は全て雲散霧消しても。


もう時間、
欠伸が出るのは長旅に疲れたから?
でもまた旅に出るから
今のうちに休んでおこう。

思い出せる日常に音も色も必要、
だから耳と目は死守してみせる。
どんなに動くのが辛くても
私は放浪してなんぼの猫だものね。


さあさあ、もうお行きなさい小鳥たち。
今日のお話はもうお仕舞い。
あら、寂しくないようにお花をくれるのね?
じゃあここに飾っておくわ。


貴方たちに春が来ますように。
その囀りが周りを癒やすのだから、
その囀りで花が実を結ぶのだから、
疲れたら私みたいに休んでいいのだから
ずっと私の頭上で唄っていて。