Null
少年「歩くことを忘れた訳では無かった。嫌気が差したのでも無かった。」
 
小さな花に向かって少年は語りかける。
背後には月。
 
妖精「ではどうして、歩みを止めてしまったの?」
少年「矢印を見失ったから」
 
少年は寂しげに笑い、立ち上がる。
 
妖精「矢印?」
 
少年「立ち止まることを知らずに歩いてきた。今まで信じてきた、それがずっと続くことを。」
 
妖精の頭を撫でる。少年は続けた。
 
少年「でも違ったのだ。永遠なんて無い、脆いものだった。僕の矢印が立ち止まってしまったから、僕も進めなくなってしまった。」
 
妖精「それは誰の所為?」
少年「さあ、誰だろうね。」
 
真夜中も過ぎ、月は低くなる。光は未だに照らし続ける。
 
妖精「光も私たちも、いつかは消えてしまう?」
少年「いつかは。」
 
妖精「君の矢印は、今はどこかで行く先を指しているかもしれないよ。」
少年「かもしれないね。」
 
妖精「それでも君は、歩みを止めるのね?」
少年「そうだね。」
 
月明かりの中、立ち止まったまま会話を続ける少年と妖精。
 
少年「僕は行く先を示す光を失う怖さを、二度と体験したくないんだ。」
 
少年の零した涙を、妖精は優しく拭った。首を横に振りながら。
 
妖精「大丈夫、大丈夫。私たちが居るから、先に進もう?私たちが、君の光を探し出してあげるから。」
 
少年「ありがとう。でも、乗り越えられるかな?」
妖精「大丈夫。」
 
大丈夫、と妖精は繰り返し、少年は一歩ずつ歩き始めた。
 
 
妖精「時間は掛かる、立ち止まるより歩く方が辛いのも確か。でも時間が掛かっても良い。立ち止まったままより少しでも歩ければ良い。だからお願い、力を下さい。」
 
妖精は背後を振り返って、大きく輝く月に祈った。
その月は普段よりも、頼れるものに見えた。