珍しく放課後以外ですれ違った葛城の頬には、傷痕があった。
「傷?ああ、確かにこないだも絆創膏貼ってた。」
オレは、葛城とよく一緒に居る椎名に聞いてみた。その性格故に誰からも好かれるタイプの葛城が、不自然な(喧嘩の後みたいな)傷を付けて校内を歩き回るだろうか?
「流石に俺も分からないわ、すまん。」
「何かありそうだから、気をつけてやってくれ。」
そう言うと、椎名は微笑んで頷いた。
「あんたに言われるとは思われへんかった。」
「なっ……」
……軽く貶してませんか?
「友也のことは任しとき。」
「ああ。」
椎名なら安心だろう、そう思っていたのに。
「葛城、お前最近可笑しくないか?」
「可笑しくなんかないですよ、新垣さんこそどないしはりました?」
たまたま擦れ違った葛城を引き止め、問い質(ただ)す。けれど相手は目を見ず。
「その傷は?」
「猫に引っかかれただけです。何でも無いですから。」
頑なに隠す様子で葛城は誤魔化した。違和感あるのに、オレは何も聞き出せなかった。
「急いでいるんで失礼します。」
そうして彼は去っていった。
「ということがあって。」
「目を見ない?それは引っ掛かるな。探りでも入れますか?」
またまた不敵な笑み。
……出た、生徒会人気会計。人脈も人並みじゃないな!
「そうしてみてくれ。オレは何も出来ないけど。」
「ええよ、友也は俺のパートナーやし。俺が調べてみる。」
「無茶すんな。」
「せぇへんよ?」
ふふっ、と笑うと椎名は黒縁眼鏡を掛けた。
THE ☆ インテリ !
悪巧みしてそうな、と付けたいくらいだよ。
そうじゃなくて。オレがこんな風にツッコミいれてる間に、電話を繋いでいた。探りの依頼(こっちが依頼してどうするんだか)をしてるみたい。
「よろしく頼む。報酬は望む通りにやるから。……お前ド変態だな、分かったやってやる。」
そして二言、三言やりとりをすると電話を切った。
「やってくれるそうだ。」
「頼んだ。」
嫌な予感は拭えなかった。
二日後の夕刻。
遂には椎名まで消えてしまった。一年生のクラスに葛城を迎えに行けば姿は無く、誰一人知らないと言って首を横に振った。そのため二年生のフロアに戻って椎名のクラスまで行けば、クラスメートは皆知らないと言った。
「椎名知らない?」
同じクラスの柊や、情報源の豊富な相原、結奈を通して女の子にも聞くが、全く掴めなかった。
「椎ー!」
この学校は私立なだけあって無駄に広い。下手に動けばニアミスで見つけられない可能性もある。でもオレは探しに回った。
体育館周辺に着いたとき、微かに聞いたことのある声がした。部活で使われる体育館とは別の体育館だから、人が居るはずがないのだが。
「し、」
白い狐。そして葛城、彼を取り囲む生徒数名。
「なんでここに……」
葛城がポツリと言う。隣の主犯者らしき生徒が目を見開いている。
……いつぞやの苛めの依頼と同じパターンか。
「何やってんだ、俺に隠し事して生徒会に似つかわしくない連中とお遊びか。」
……挑発しすぎだよ椎名!
「んだと!?」
予想通りの反応を返す主犯者。その反応が可笑しかったのだろう、椎名はケラケラと笑った。
「あーあ、面白い。久々だわ、こんな面白いの。葛城、怪我してるなら下がっとけよ。」
そう言い切ると椎名は、こちらを向いて口角を若干上げた。口パクでオレに伝える。
……「来い」って、バレてたか。
言われて常備してある仮面を着けると、オレは椎名の側まで駆け寄った。軽く肩を叩かれ、互いに頷く。
「来い、生徒会嫌いなんだろ?」
「嫌いだよ!あの偉そうな態度がな。」
……オレら偉そうにしてねぇぞ?お前らの方がよっぽど偉そうだわ!
殴りかかってくるが、オレも椎名も余裕で交わす。それが癪に触ったのか更に怒らせてくる。
「余所見すんな。」
「悪い。」
葛城を気にかけながら相手をする椎名の隙を、主犯者は狙ってきた。それをオレが止める。
「変な仮面取ったらどうだ?」
「断る。」
不意に隣の気配が止まる。不審に思って振り返ろうとしたら、下に引っ張られた。
「お前も、余所見すんなよ。」
今まで頭のあったところに拳が飛ぶ。礼を言おうと椎名を見ると腹を押さえていた。
「どうした!?」
「ちょっと油断した。大丈夫。」
鳩尾に食らったらしい。オレは立ち上がって殴りかかった。
「いい加減にやめといたら?このくらいに……」
「友也っ!」
……最後まで言わせてくれ頼む。
ってそんな場合ではないらしい。葛城の居る方向を見ると、まあ派手にやられてる。椎名も少し動揺してるみたいだ。互いに互いが人質のようで、下手に逆らえないのか。
なら、オレが。
「余所見してんな阿呆。」
クリーンヒット。流血沙汰は嫌いなので(一応生徒会だし)鳩尾を狙う。暫くした椎名は落ち着いたのか、立ち上がるとオレと共に反撃を始めた。
「葛城、遠慮するな。俺が許してやるから。」
「ほんまですか?なら遠慮なく。」
にっこり笑うと、葛城は容赦なく隣の奴を殴った。
……笑顔が椎名と似てるのは気の所為、だよな?
引きつる、味方なのに顔が引きつりそうだよ。
「俺が弱いわけあらへんやろ?人質なんていただけないやんな。」
初めて聞くような低い声に似つかない可愛らしい笑顔で、葛城は脅した。
「やばい……」
主犯者の焦りの声に、内心爆笑。
無事帰ってこれたオレたち。椎名は葛城の手当てをしている。運が良いのか何なのか、今日は他の人は早くに帰っている。
「なあ葛城。人質って誰のことだ?」
「そういや、言ってたような。」
オレの問いに、葛城は苦笑する。言い難いことらしい。
……とはいえ、オレは分かってるけどな!アイツが守りたい人なんてあの人に決まってる。
「椎名さんですよ。」
「何で俺?」
……鈍感椎名め。
「一緒に居るからとちゃいますか?」
「でも俺は人質になれへんぞ。」
「それでも、椎名さんが怪我したらって怖かったんですよ。」
んーそっか、なんて答えて葛城の頭を撫でる。絶対分かってないだろうけど。
「ありがと、友也。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。椎名さんが来てくれはったから……」
……精々二人でいちゃこらしてるんだな!嫉妬?嫉妬なんかしてないぞ!
「新垣さん、ありがとうございます。助けに来てくれて。あと椎名さん守ってくれて。」
少しだけ照れた。