つれないね、って苦笑して、
見られないように顔をうずめた。
この痛いくらいの空気に当てられ、私たちは無言だった。
言い出すタイミングを見計らう。
口を開くも、直ぐに閉じてしまう。
「何か飲む?」
居たたまれなくなって適当に声をかける。ただそれで終わってしまったが。
「うん。」
コーヒーを入れて差し出せば、サンキュと返事がきた。
「なあ……別れよう。」
「うん。」
分かっていたこと、どちらかが切り出さなければいけなかったこと。だけどいざ言われたら、心に穴が開いたようで。
「ごめん」
「分かってるから、大丈夫。仕方ないことだし。」
「明日から他人だね」
他人 という言葉は思うより重かった。でも私は笑って言う。
「それでも一緒に居られるから」
「明日からもよろしく」
幾ら好き合っていても、それだけでは居られないこともある。
未来か、愛か。究極とも言える取捨選択で、私たちは未来を選んだ。
いっそ嫌ってくれたら、と何度願ったろう。傷付くけれども引き摺らないような別れ方だから。「嫌い」や喧嘩にかこつけてしまえば、ここまで辛くは思わない筈なのに。
「つれないね」
肩口に顔をうずめる。この匂いで満たされるのは最後なのだ、と思えば無性に涙腺が緩む。
「見ないから……泣いちゃえば?」
優しくポンと背中を押される。何かのスイッチが入ったみたいに私は泣いた。お世辞にも可愛くもおしとやかでもない泣き方で。
「ありがとう、すっきりした」
幾分マシな顔つきにでもなったろうか。ほんの少しだけ、覚悟が出来た気がした。
「とりあえず、荷物はまた取りに来るから」
と言い、今持って帰れそうなものだけ詰める。ふと顔を見れば、哀しげな、寂しげな、表情で言われた。
「このコーヒーカップだけ、置いていってくれないかな?」
本当は全てこの家から消すつもりだったけど。匂いも思い出も。
それでも私は頷くしか出来なかった。
それから互いの家の合い鍵を渡して、
最後のキスをして、
振り返らずに家を出るまでが、
私たちが出逢った日付の、
--最後の10分間。
互いの未来には、互いの存在が邪魔なんだ。
もう一度強く言い聞かせ、見えない姿や家や、来た道を振り返らずに先に進んだ。