急に目の前が真っ暗になった。
急に身体が重くなって、そして……
倒れるのはスローモーションで。
何も見えない。見えない代わりに最大限に拡張された感覚で壁を伝う。
ここで足を止めれば、底無しの海に沈んでしまうから。
でも、正直言ってそんなこと考えてる余裕なんてない。今にも重力に押し潰されそうだ。
「死ぬってこういうことか」
振り返れば大袈裟ではあるが、この時は本当に地獄のようにゆっくりと感じられたのだ。
視覚は相変わらず奪われたままだ。そして平衡感覚すら失われていく。
今どこを歩いているのかは疎か、どこに居るのかすら分からない。……自分の家なのだけれど。
自嘲気味に口角を上げる。意識を手放す準備が出来たとでも言おうか。
徐々に床が底無しの海に変わり行く。
「もう一度だけ、会いたかったなあ」
声にも形にもならずに心の中で呟いた。彼に会いたかった。
がくん、と世界が揺れた。もう身体は半分傾いている。
そして私は意識を手放した。
暖かい手が伸びる。その腕の主の顔は見えない。
だけれども、優しい声は明らかに聞き慣れていて。
「助けにきてくれた……?」
「大丈夫か?しっかりしろ」
僅かに頭を縦に振る。未だに身体は重たいが、彼の体温が徐々に私の身体を温めてくれる。
「さっきよりは、大丈夫。」
「良かった。心配したんだぞ、倒れてるから……」
死んじゃうかと思って。
ふい、と顔を反らされる。
「もう心配いらないよ、ごめんね?」
私は微笑んだ。まだまだ無理矢理な笑顔だけど。彼はぽんと頭を撫で、笑った。
「お前が柔なわけないもんな」
「酷ー」
「救急車呼ばなくて平気か?」
「うん。呼ばないで」
暫くすると、視界が元に戻ってきた。彼の顔がはっきりと見える。
「あ、見えた」
思わず呟く。彼の癒やされる笑顔が目の前にあった。
「よし、もう大丈夫そうだな。一緒に居るから寝ろよ」
彼は典型的ツンデレだと思う。こんなときにはデレるんだから、と私はうつらうつら考えた。
ふわふわ、と頭を撫でられ髪を梳かれ、ぼーっとする。甘えさせ方が上手いんだ、ほんのたまになのに。
「ありがと、ちゃんと寝れそう……」
再び私は意識を手放した。
最後に優しい「おやすみ」を聞いて。
「んで結局昨日のは何が原因だったんだろう。」
「何だろうね。でも何でもなくて良かった。次は本気で心臓止まるからな?」
「ごめんごめん」
私は胸の前で手を合わせる。彼はこつんと軽く小突いた。
人の--いや、彼の温もりは何よりの睡眠薬。