手折った紫陽花が、
泣いていた。
人気の少ない道で僕はキミを見つけた。
今にも消えそうな姿が
今でも鮮明に思い出せる。
何を思ったか僕は、
キミに真っ黒な傘を差し出した。
キミはまるで花が咲くかのように
綺麗に笑う。
その紫色の服も、
白い肌も、
柔らかくなびく髪も、
零れそうな大きい瞳も、
全て輝いて見えた。
その姿の儚さに
目を擦って存在を確かめて。
「ありがとう。」と、
澄んだ鈴の音のような声がして、
僕は酷く安心したんだ。
淡い街灯が映し出す、
名も無きキミと
名乗る価値も無い僕。
冷たい雨の下でただ
傍にいるだけだったけれど、
それが心地良かった。
不意に裾を掴む手が
微かに震えるのを見た。
抱き寄せれば冷たさが襲う。
体か雨か、はたまた涙か。
僕の体温を移すようにと近付いた。
雨は止まないだろうか、
早くキミを暖かい家で温めてあげたいのに。
紫の花だって寒い中待ってるだろうに。
雨宿りしながら空に願った。
問い掛けは届いたか、
一瞬和らぐその内に
僕はキミを連れて駆け出した。
ぬくい部屋はたちまちに冷え、
僕は暖房をつける。
振り返ればキミは
紫の花を弄っていた。
「これ、どこで見つけた?」
透明な声が響く。
「折れてたけど、綺麗だったから拾ってきた」
そう返せば笑って、
「ありがとう」と言う。
けれどその裏に、何も聞くな が隠れていて、
少しだけ室温が下がった気がした。
結局僕は
キミを知らない。
だけどもキミは、
その程良い紫の花に似てる気がした。
——その先も、その前も
少しでも知っていれば、
もう少し傍にいれただろうか。
目を閉じても、ほら、
何てことないかのように
その笑顔が浮かんでくる。
(夕立のボク と 紫陽花のキミ)