侵蝕
まだもう少し。
あともう少し。
夕凪の空まで届け、
 
 
 
 
風が吹き上げる。
赤い飛沫も吹き上げる。
あんな鮮やかな青が染まっていく姿を、
僕はじっと見ていた。
 
口癖も変わっているくらいに
とうの昔の話。
それでも気持ちは変わってないんだな、
って僕はくすっと笑った。
 
 
嘘の塊を優しさで包んで吐き出して、
有り得ないくらいの甘さに喜んだ。
それが本当は幸せだったんですなんて、
言えるわけないだろう。
 
この身体から溢れるモノは全て
紺の深い色の海に沈めばいい。
僕の作り上げた物語はもう必要ない。
届ける人がいないから。
 
なのに、どうしてかな。
色褪せた物語も良いななんて
思ってしまうなんてさ。
 
 
赤い空は黒に侵蝕されていく。
血飛沫のような空も太陽も
あっという間に消される。
星が見えたって、
身体が沈む感覚は衰えない。
この際届けばいいのにね。
君の居る場所まで。
 
 
空気の揺れで全て飲み込め?
馬鹿馬鹿しいような要求も、
出来るようになってしまうから許した。
傍にいるだけで、
それは言わないつもりだったのに。
 
互いが言えない言葉は、
温もりと空気が伝えてくれた。
下らないプライドが歪んだ間を作った。
それでも良かったんでしょう?
本来ならこのまま行けたんでしょう?
 
 
黒い空が別の色に侵蝕されて、
エデンのような世界が見えるなら
届く気がするんだ。
「まだ」と「もう少し」で形成された
僕だけの世界。
君と交わる軌道に乗るまであと少し。
 
 
まだもう少し、
あともう少し、
侵蝕された夕凪の空まで届け、
届け。